『なるたる』の感想・レビュー|かわいさと絶望が同居するハートフルボッコSF【鬼頭莫宏】

なるたる

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鬼頭莫宏(きとうもひろ)を語るうえで、外せない作品のひとつが『なるたる』。

かわいらしい表紙と内容のギャップから、「鬱漫画」としてもよく知られている作品です。

主人公は、ごく普通の明るい小学生の女の子。未知の生物との出会いから物語は始まります。しかし騙されてはいけない。読み始めは楽しいSFファンタジーかと思いきや、話が進んでいくうちに…。

ハートフルボッコという言葉はこの作品のためにある!そんな『なるたる』の魅力を紹介します。

あらすじ

小学6年生の少女・玉依シイナは、小学校最後の夏休みを祖父母が暮らす島で過ごしていた。ある日、海に潜ったシイナは星のような姿をした不思議な生き物と出会い、「ホシ丸」と名付けて仲良くなる。

東京へ戻ってからも行動をともにするようになるが、ホシ丸はただの奇妙な生き物ではなく、少年少女の意識と結びつく謎の存在「竜の子」に関係していた。

やがてシイナの前には、同じように竜の子とつながった少年少女たちが現れ始める。それぞれが異なる悩みや思いを抱え、強大な力との向き合い方もまるで違う。

少女と不思議な生き物の出会いから始まった物語は、次第に日常の裏側に潜む異質な世界へと広がっていく。

作品解説

『なるたる』は、漫画家・鬼頭莫宏によるSFファンタジー作品。タイトルの『なるたる』は「骸なる星 珠たる子」に由来する。

少年少女と不思議な生き物という親しみやすい入口とは裏腹に、人間の悪意や孤独、命、家族、社会、強大な力を持つことの責任まで踏み込んでいく重い作風が特徴。

「鬱漫画」として語られることも多いが、人物の心の動きや人間臭さ、現実社会とSFを結びつけた世界観も見どころとなっている。

鬼頭莫宏自身も制作当時は精神的に不安定な状態だったと後に明かしており、そうした背景も作品を読み解くうえで興味深い要素のひとつである。

『月刊アフタヌーン』で連載され全12巻で完結。2003年には全13話でテレビアニメ化され、第5回文化庁メディア芸術祭マンガ部門では審査委員会推薦作品に選出。後の『ぼくらの』にも通じるテーマが色濃く表れた長編漫画である。

かわいい表紙に騙される!心えぐられる鬱SF

おすすめポイント・感想・レビュー

『なるたる』といえば、「鬱漫画」「トラウマ漫画」として名前が挙がることの多い作品です。

いじめ、人間の悪意、残酷な死、救いのない展開などなど、精神的にくる要素はてんこ盛りで、読めばそう言われる理由もよく分かる。

ただ、『なるたる』を単純に「エグくて鬱になる漫画」として紹介するのは、ちょっともったいない。

思春期の子どもたちが人知を超えた力を持ったら何をするのか。その危うさを、鬼頭莫宏がこれでもかと突き詰めています。

かわいい。怖い。よく分からない。妙にリアル。たまに笑える。でもやっぱり怖い。

このなんとも言えないアンバランスさが『なるたる』の魅力です。

かわいい絵柄に騙される!日常と残酷さのギャップ

主人公のシイナは明るく元気な女の子。そこへ現れるホシ丸も、名前の通り星みたいな形をしていてかわいい。序盤だけなら、少女と不思議な生き物が出会う、ちょっと変わったSFファンタジーくらいに見えます。

ところが、読み進めていくと空気はどんどん重くなる。表紙からは想像できないくらいエグいです。

…といってもよくある、単純に血がドバーッと出るとか、内臓をこれでもかと見せるとか、そういうグロさが売りの漫画とは違うんですよね。

描写をしない、想像させるタイプのエグさ、グロさ。

何が起こったのかを全部描かず、読者に想像させる。その直前や直後だけ見せて、「え、これってつまり…」と頭の中で補完させてくる。見えないからこその気持ち悪さがあって、ほんとに気分悪くなる。

…とはいえ、今から読むならそこまでの衝撃はないかな。

「問題作」「鬱漫画」「グロ耐性があってもきつい」みたいに言われていましたが、この20年くらいでその手の作品がものすごく増えたので。時代が『なるたる』に追いついたのかもしれない。笑

それでも、日常と残酷さを同じような温度で淡々と描く独特の怖さは、今読んでもやっぱり残ります。

何かがおかしい…。じわじわ迫ってくる不穏さがたまらない

この手の作品だと、もっと早い段階で、「実は世界にはこんな秘密が!」と大きな設定を開示したり、次の展開が気になるような引きをバンバン持っていきそうなもの。

でも『なるたる』では、物語は意外なくらいゆっくり進んでいきます。むしろ、ずっとよく分からない。

  • 竜の子って何?
  • 乙姫って何?
  • なんでこの子とこの竜の子がつながっているの?
  • 今の会話、何か意味あった?
  • この人は何を考えてるの?

読んでいて、そんな疑問はポンポン浮かんでくるのに、鬼頭莫宏はなかなか答えを教えてくれません。

その状態のまま、学校へ行ったり、家族と話したり、飛行機に乗ったり、友達と過ごしたりする日常がかなりじっくり描かれていく。

それでも、ずっと何かがおかしい。何かが起こりそう。

少しずつ違和感だけが積み重なって、「この漫画、どこへ向かってるんだ?」と思いながら読み進めていく。

そして、ようやく作品の正体が見えてきた頃には、もう取り返しのつかないところまで来ている。この感じがたまりません。

気づかないくらいゆっくり坂道を下っていたら、いつの間にか戻れない場所まで来ていたような怖さがあります。

浦沢直樹作品のように「次どうなるの?」という強い引きではなく、「これ、いったい何なんだ?」で、読者を離脱させないのがすごい。面白さより先に「なんか気になる」が来るんですよね。

でも、このペースでよく描けたなあ。さすがアフタヌーン、漫画家にやさしい。笑

思春期の心と「竜の子」の存在

思春期の心の描き方がとにかく生々しい。

家庭環境、親との関係、学校での立場、いじめ、友達、恋愛、孤独、嫉妬、承認欲求。

大人になれば受け流せることでも、思春期にはそれが世界のすべてだったりする。そんな面倒くさくて不安定な時期の感情を、鬼頭莫宏はかなり丁寧に描いています。

そして、『なるたる』では、そんな多感で傷つきやすく、自分でも感情をうまく扱えない少年少女のそばに、人知を超えた力を持つ「竜の子」がいる。

普通なら心の中で「全員いなくなればいいのに」と思って終わるところを、本当に実行できる力を与えちゃう。

「思春期の感情(リアル)」と「竜の子(ファンタジー)」という組み合わせが面白い。

登場人物たちの怒りや孤独が自分の感情と直結する人ほど入り込みやすい。思春期に読んだ人ほど強烈にハマったという感想が多いのも納得です。

一度では拾いきれない!再読で見え方が変わる漫画

『なるたる』は、一度読んだだけですべて理解できるタイプの漫画ではありません。なんなら、読み返したときのほうが面白い漫画かもしれない。

というか、一度で全部分かった人いるのかな?

何気ない会話や表情、よく分からなかった設定が後半につながっていて、読み返すと「これ、最初から描かれてたのか」と気づくことが多い。

再読するといろいろ発見がある漫画です。ただし、読み返すにはちょっと覚悟がいる。笑

『なるたる』はセカイ系なのか?

『なるたる』は、一般的にはセカイ系に分類される作品だと思います。少年少女の内面と世界規模の出来事がつながっていく、いわゆるエヴァ以降の作品群のひとつ。

でも、読んでいると、いわゆるセカイ系とはちょっと違う感じもするんだよなぁ。

その理由のひとつが、主人公のシイナなのかもしれません。

シイナは基本的に明るく、周囲の人からも愛されている。恋愛が物語の中心になるわけでもなく、彼女自身の孤独や悩みが世界を動かしていくわけでもない。

むしろ世界を動かしていくのは、シイナの周囲にいる少年少女たち。

それぞれが抱える怒りや孤独、歪んだ感情が「竜の子」という力を通して現実になっていく中で、シイナはそれに巻き込まれながら、見届けていく側にいます。

主人公の感情と世界が直結するというより、世界を動かしてしまう人たちの中心に主人公がいる。

この微妙な距離感が、セカイ系っぽいのに、いわゆるセカイ系とは少し違って感じる理由なのかもしれません。

…といっても、最終巻まで読むと、全部ひっくり返されるんですけどね。

まあ要は、考察好きにはたまらないタイプの作品です。

こんな人におすすめ

セカイ系SFが好きな人はもちろん、人間の弱さや悪意まで踏み込んだ重い漫画が好きな人、伏線や設定を自分なりに考察するのが好きな人にはおすすめです。

逆に、最後まで読めばすべての謎が解けてスッキリ、という作品を求めている人には向かないかも。説明されない部分も多いし、読者の解釈に委ねられる部分もかなり残ります。

めちゃめちゃ人を選ぶ漫画ですが、ハマる人にはずっと頭に残る作品です。

12巻かけて描いていた壮大な仕掛け
竜の子でありながら、シイナとリンクすることなく、まるで感情を持っているかのように動くホシ丸。

初号機は特別なのよ。的な主人公特権かと思ったら、鶴丸の竜の子だったのは驚きました。

ずっと、鶴丸が見守っていたんだという種明かしとともに、特別な相棒だったホシ丸にも感情なんてなかったんだとわかる寂しさもありましたね。

さらに、「じゃあシイナの竜の子はどこにいるの?」という新たな謎に対する答えは、そもそもリンクする対象のスケールが違ったということ。

ホシ丸くらいのサイズ感で考えていたら、まさか地球そのものが竜の子だったとは。

ここまで分かってから物語全体を振り返ると、『なるたる』が12巻かけて描いていたものの見え方が変わってきます。

ゆっくりじっくり描いてきた日常シーンも含め、ここに至るまでの全ての物語が、主人公と巨大な地球とのリンクを完了するために必要な時間だったように思えてきます。

人類滅亡!?賛否両論のラストをどう見るか
そして、やっぱり最終回が忘れられない。

まるで、ページが余ったのでその後をダイジェストで紹介しますというようなノリで、登場人物たちが淡々と処理されていくのは衝撃的でした。

そして印象に残るのが、人類滅亡後の涅見子の「命は代替がきくから 命たりえるんだから」という言葉と、シイナと涅に宿った新たな2つの命。

絶望とも再生とも取れる、「最悪のバッドエンド」と「なるたるなりのハッピーエンド」が両立した最後になりました。

すっきりしない、救われないラストになるんだろうと、途中からわかっていたものの、やっぱりモヤモヤがすごい。笑

そして面白いのが、シイナ自身が世界の滅亡を望んだわけではないこと。

最終的には主人公こそ地球とつながっていたという、これ以上ないくらい「セカイ系」な構造が明かされるのに、人類を滅亡へ向かわせるのは涅で、シイナに与えられたのはむしろ再生する力です。

主人公の絶望がそのまま世界の終わりになるわけではない。

このあたりも、『なるたる』がいわゆるセカイ系とはどこか違って感じる理由なのかもしれません。

最終巻まで読んでから1巻を見ると、もう同じ漫画には見えません。

類似作品 こちらもオススメ!

こっち系統の作品が好きなら、セカイ系の代表作ともいうべき『新世紀エヴァンゲリオン』(貞本義行)と、『最終兵器彼女』(高橋しん)は必修科目です。笑
セカイ系漫画だけどノリが明るく救いも多い作品なら『惑星のさみだれ』(水上悟志もおすすめ。
読後になんともいえない重さが残るところは『おやすみプンプン』(浅野いにおや、『タコピーの原罪』(タイザン5)なんかも近いです。
絵柄の可愛さと作風との落差だと『メイドインアビス』(つくしあきひと)もなかなかのギャップです。

あとがき

いやあ、良くも悪くも読み終わった後に動けなくなるようなインパクトのある作品でした。

鬼頭莫宏自身が制作当時は精神的に不安定だったと明かしているけれど、それを知ってから読むと、内容から鬼頭莫宏の精神状態がバンバン見えてくる…ような気がして、妙に納得してしまうところも。

主人公が友達と楽しくおしゃべりするシーンも、人が死ぬシーンも、全部一定のテンションで描かれてるってところとかね。

鬱漫画って人によって捉え方も、受けるダメージも変わるから、その時の年齢や精神状態によって、読み返すたびに違った感想になりそう。

キケンなので必ず心が元気な時に読むように!逆に鬼頭莫宏を最大限に楽しむならあえて落ち込んでいる時に読もう。笑

読後のモヤモヤ感もぜひ楽しんでほしい。そのモヤモヤ、3日は続くよ。

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